tacodayoのブログ

ヨハネの黙示録に預言された時代に生きる現代人に必要な情報を発信していきたいと思います。

隠された歴史3

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tacodayoのブログさんのサイトより

西野神社における大祓詞(おおはらえし:おおはらえのことば)の宣読。
20100630201127
image中臣祓詞 (神仙道祝詞)より クリックで拡大

現代の大祓詞の口語訳はこちら

以下は
「417 大祓詞の聖書的解釈」
からの引用です。

神道(しんとう)で最も重んじられている祝詞(のりと)が、「大祓詞(おおはらえし:おおはらいのことば)」である。
毎年6月末日と12月末日の年二回行われる「大祓」の祭りで唱えられるほか、全国の神社で毎日唱(とな)えられており、神主(かんぬし)なら誰でも唱えられて当たり前という、最も基本かつ重要な祝詞だ。平安時代に編(あ)まれた『延喜式(えんぎしき)』に収録されているが、成立は飛鳥時代以前と言われる古い祝詞でもある。現在用いられているものは『延喜式』に多少改変が加えられており、出典によっても細部の差異があるようだ。
私が大祓詞に関心を持ったのは、葉室頼昭(はむろよりあき)著『神道とうつくしび』(春秋社刊)を読んでからである。著者の葉室氏は元医師で、同書出版当時は春日大社宮司(ぐうじ)の職にあった方(平成21年死去)。
同書によれば、白内障を患い回復を見込めない状態にあった氏が、無我の境地で大祓詞を毎日唱えていたところ、奇跡的に症状が回復したという。この話を読んで、私は非常に驚き、「これは真実だ」と思った。
「キリスト教」徒には「呪文である大祓詞を唱えた結果、悪霊による超常現象が起きたのだ」と言われるかも知れないが、葉室氏の言わんとしていることはそういうことではない。私には氏の語るところをうまく伝えられないのだけれども、神のいのちの知恵に満ちた言葉、それが「大祓詞」だという。
理屈で大祓詞を理解することはできない。理屈は神のいのちを妨げる。無我になって大祓詞を唱えるとき、神の命が現れるのである(参考:葉室氏著『大祓(おおはらえ)知惠のことば』春秋社刊)。
この点こそが、私が大祓詞、ひいては神道に惹かれた要因かも知れない。何故なら私は人一倍理屈を好む性格で、理屈を至上の価値観としてきた人間だからである。そして、キリストへの信仰も理屈で捉えようとしてきた。しかし、そこに平安は無く、救い―――神の命は得られなかった。大祓詞はそんな私を180 度変えるものだったのである。そして、理屈屋の私が理屈抜きに神道に触れ大祓詞を唱え始めたとき、私が体験したのは、ほかでもない、イエス・キリストの命だった。
「理を愛(め)づる 我(われ)が理をもて知り得ぬは 理にはあらざる 神道(かむながらのみち)」
葉室氏の教えに立つなら、大祓詞の意味をいちいち考えることは邪道かも知れない。
しかし、あえて大祓詞の意味を考えるとき、そこには実に聖書的なキリストのいのちが表現されていたのである。

大祓詞(おおはらえのことば)の前半は、天の神々によって選ばれた皇室の祖が日本を平定し、宮を構え、民の罪の清めの為にとりなし祈るようになった歴史が述べられている。
これは、神によって選ばれたイスラエル人がカナン(セム語で「葦原(あしはら)」の意※)の地を平定し、都と定めたエルサレムに神殿を建て、そこで民の罪の清めのために祈った歴史に似ている。
「國中に荒振(あらぶ)る神等をば神問(と)はしに問はし賜(たまい)ひ神掃(かむはら)ひに掃(はら)ひ賜(たま)ひて」というくだりは、神武(じんむ)天皇による大和平定を表しているが、ヨシュアと士師の時代、イスラエル人がカナン人たちと戦い征服していった歴史を彷彿(ほうふつ)とさせる。
こうしてカナンの征服がダビデ王によって完了した後、その子のソロモンは神殿を建て(柱太敷【ふとし】き立て)、こう祈った。
「また、あなたの民イスラエルが、あなたに罪を犯したために敵に打ち負かされたとき、彼らがあなたのもとに立ち返り、御名をほめたたえ、この宮で、あなたに祈り願ったなら、あなたご自身が天でこれを聞き、あなたの民イスラエルの罪を赦し、あなたが彼らの先祖たちにお与えになった地に、彼らを帰らせてください。」(列王記上8:33~34)
この、「民の罪のためにとりなし祈る王」という性格は、神道の大祭司たる天皇の代々の伝統として今日まで受け継がれているが、イスラエルでは、ダビデ、ソロモン(タコ注:マタイ説。ルカ説ではソロモンは関係ありません。)の末裔であるイエス・キリストに於いて成就したのである。

さて、大祓詞で言われている「罪」は現在の「犯罪」とは概念が違う。いわゆる「宗教的な罪」なのであるが、「キリスト教」の罪観とも趣(おもむき)が違っている。
ところが、
ヨーロッパ化した「キリスト教」(タコ注:偽キリスト教)ではなく、イスラエルの
「旧約聖書(律法)」の罪観とは、実によく似ている
のである。


実は、現在の大祓詞では省略されているが、『延喜式(えんぎしき)』では「天つ罪」「国つ罪」の内容が具体的に述べられていた。それは次のとおりである。

□天つ罪
畦放(あなは)ち【畦(あぜ)を壊す】、溝(みぞ)埋め、樋放(ひはな)ち【樋(とい)を壊す】、頻蒔(しきま)き、串刺し、生剥(いきは)ぎ、逆剥(さかは)ぎ、屎戸【(くそへ)糞尿を戸の前でする】。
□国つ罪
生膚断(いきはだだち)、死膚断(しにはだだち)、白人(しらひと)、胡久美(こくみ)、己(おの)が母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子を犯せる罪、子と母犯せる罪、畜(けもの)犯せる罪、昆虫(はうむし)の災い、高(たかつ)つ神の災い、高つ鳥の災い、畜仆(けものたお)し、蠱物為(まじものせ)る罪。

「天つ罪」は須佐之男命(スサノオノミコト)が高天ヶ原で行ったとされるもので、要は田を破壊し稲作を妨害する行為である。古代、稲作は生活の中心であり、命を作り出す神聖なことだったのが伺(うかが)い知れる。
ところが、ここで注目してほしいのは「頻蒔(しきま)き」だ。これは種を二重に蒔(ま)くことで、現代人にはどこが罪なのか全く理解できないのだが、実はこれと全く同じ戒めが聖書にあるのである。
「あなたの畑に二種類の種を蒔いてはならない。」(旧約聖書『レビ記』19:19)
更に、国つ罪では「白人」に注目したい。これはらい病で肌が白くなった人のことらしいが、律法がらい病を「罪」「穢(けが)れ」と見なしている事はよく知られている。尚(なお)、この項がハンセン氏病患者の差別を助長するということで、現在の大祓詞(おおはらえし)では罪のリストから削除されたようだ。

その後には近親相姦や獣姦を罪として詳しく挙げているが、これらは律法でも強調されている。このように、神道の罪観と聖書の罪観は実によく似ている。
葉室氏によれば、「つみ」とは「包む、身」から来たことばで、人間の本来あるべき姿を包み隠して正常ではなくしてしまうもののことであるという。一方聖書の「罪」は「的外れ」という意味で、人間が本来あるべき姿から外れ、正常ではなくなっていることである。表現の仕方は違うが、「人間の本来あるべき姿が失われて正常ではない状態」という意味で、神道と聖書(「キリスト教」ではなく「ユダヤ教」と)の罪観は似ているのである。 

さて、後半。この祝詞を唱えると、「天つ神」と「国つ神」が聞いてくださると言う。

「天つ神」は天に住む神(天照大神など
)、「国つ神」は地上に住む神(大国主命など)。もちろん八百万の神々を奉る多神教の神観を表しているのだが、聖書的に解釈するなら、「天つ神」は天にまします父なる神ヤハウェ、「国つ神」は人となって地上に生きた子なる神イエスとなる。天の父は、罪の清めを求めて呼ばわる民の祈りを聞き、天から地上に御子イエスを遣(つか)わされた。人として地上に生きた子なる神イエスは、十字架で犠牲となってその命を民に与えた。
十字架の上で流された、イエスのあふれるばかりの血=命=「気」を受けたことで、私たちの罪は祓(はら)われ、穢れ(気枯れ)は清められた。しかし神の子イエスの「気」は無限である故に、死してなお命尽きることなく、三日目によみがえった。そして、エルサレムのオリーブ山より、「高山(たかやま)の末(すえ)、短山(ひきやま)の末に上(のぼ)り坐(ま)して、高山の伊(い)、褒理短山(ほりひきやま)の伊褒理(いほり)を掻(か)き別(わ)けて」、天に昇っていったのである。

続けて、祝詞(のりと)に祓われることによって罪がなくなるようすが、さまざまな例えをもって、詩的に美しく表現されている。
「風が雲や霧を吹き払うように」「船が港を離れて遠く沖合いに出ていくように」「生い茂る木を鎌で刈り取ってしまうように」罪が消えてなくなるというのだ。
更に、清められて取り除かれた罪が、はるか遠くに運び去られるようすが描かれる。
「川へと流され、川の神によって海へと運ばれ、海から風の神によって地の底へと運ばれ、地の底の神がその罪を持ってさすらい行き、いずこかへ消え去ってしまう。」
この、罪を持ってさすらい行く「速佐須良比賣(はやさすらいヒメ)」の姿は、聖書に記された「アザゼルの山羊(やぎ)」を連想させる。
「アロンは生きているやぎの頭に両手を置き、イスラエル人のすべての咎(とが)と、すべての叛(そむ)きを、どんな罪であっても、これを全部それの上に告白し、これらをそのやぎの頭の上に置き、係りの者の手でこれを荒野に放つ。そのやぎは、彼らのすべての咎をその上に負って、不毛の地へ行く。彼はそのやぎを荒野に放つ。」(旧約聖書『レビ記』16:21~22)
民の罪をその身に転嫁(てんか)された山羊が、荒野に放たれ、荒野をさすらい罪と共にどこかへ消え去ってしまうのだ。いわゆる「スケープゴート」であるが、もちろん人々の罪を背負って十字架に死んだイエスの予型(ひながた)である。この「アザゼルの山羊」の儀式が行われたのは、イスラエル人の重要な祭のひとつ「ヨム・キプール(大贖罪日)」の中でのことだ。年に一度、国中の民の罪を祓い清める祭である。
イスラエル版「大祓(おおはらえ)」といったところだ。いや、「大祓」が日本版「ヨム・キプール」なのかも知れないが。
現在のユダヤ教では「アザゼルの山羊」の儀式は行われておらず、断食と祈りが祭の中心となっているが、「タシュリック」という習慣があるという。固く握りしめて自分の罪を転嫁させた石を、川の中に捨てるというものだ。これは、ヨム・キプールで朗読される次の聖書箇所に由来している。
「もう一度、私たちを憐(あわ)れみ、私たちの咎(とが)を踏みつけて、すべての罪を海の深みに投げ入れてください。」(旧約聖書『ミカ書』7:19)
この「罪を転嫁して水に流す」という風習は、「早川の瀬に坐(ま)す瀬織津比賣(せおりつヒメ)と言ふ、神大海原(かみおほうなばら)に持ち出(い)でなむ。」のくだりを思い出させる。
神道の「流し雛(びな)」は正にこの思想に基づいている(参照:久保有政著『神道の中のユダヤ文化』学研刊)。
こうして、神は「東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。」(旧約聖書『詩篇』103:12)のである。
「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちは癒(いや)された。私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた。」 (旧約聖書『イザヤ書』53:4~6)

「イエスの十字架と復活」を踏まえて唱えるなら、「大祓詞(おおはらえし:おおはらいのことば)」はキリストを信じる者にとっても真実な命のことばである。

以上引用終わり。

※ヘブライの民にとっての約束の地カナンはヘブライ語では「カヌ・ナー」となり、「葦の原」を意味しています。
また「東方の日出づる国」はヘブライ語で「ミズホラ」と呼ぶので、日本の古名である「豊葦原(トヨアシハラ)瑞穂(ミズホ)の国」とは「カヌ・ナー、ミズホラ」から来ていると考えられます。

以下は
籠神社と伊勢神宮の配置は聖書の救いのメッセージを伝えている2
からの引用です。

神社本庁調査部長・岡田米夫氏は、『大祓詞の解釈と信仰』(神社新報社発行 昭和37年7月1日初版、平成13年2月1日22版)において次のように言われた。

『(天照大神の)この神隠れは、国津神スサノオノミコトの罪を、天照大神が徹頭徹尾自らあがなわれ、身を隠されたことを意味する。天照大神はスサノオノミコトの罪を責められず、その改悛(かいしゅん)を最後まで期待されるとともに、常に「むつまじき心もちて相許したもう」という大きな自愛と包容力とをもって、その罪を許し、あがなわれたと書紀に見えている。
この神隠れした大神の再出現を祈るのが、天の岩戸の祭りであって、その祈りの果てに、天照大神は再び復活され、世にいう天岩戸開きとなる。それ以後、天照大神は永遠に生き神として、輝かしい御光を私共の上に投げかけておられるのである。
天照大神は又スサノオノミコトの罪をあがなうために、一度は神隠れされるが、再び復活されて、人々に「温かい手をさしのべられ、人々の罪を許す神」として今に至って、私共の上に輝きわたられているというのが、民族古典の示すところである。』

まさに、イエス・キリストの贖罪と同じである。
日本の精神的中心には、出エジプトから十字架、復活まで、イエス・キリストの贖罪の物語がある。

以下は
驚くほど似ている 日本人とユダヤ人
からの引用です。
image
(元駐日イスラエル大使エリ・コーヘン
歴代の天皇陛下は天照大神に仕える大祭司としての役割をなされたので、実際の政務は他の者が執ることが多かった。
日本の国の中で権力者同士の争いや戦が起こっても、天皇の御存在は、常にどちら側からも守られ、神聖な方として尊とばれてきた。天皇は常に神と人を結びつける役割をなされた。
皇室は時代と共にその数を増すことなく、先代の天皇に近い、天皇の地位に就くに相応しいわずかな数の人々だけが皇族として残ったのだ。このようにして「皇紀2660年」以上もの間、皇室は守られてきた。
日本の皇室とユダヤの祭司(プリースト)について見る時、非常に興味深いのは、一度の例外もなくどちらも男系によって続いている、という点である。これは世界の他の民族に例を見ない。
皇位は神話時代の初代・神武天皇から連綿(れんめん)として、一度の例外もなく「男系」で今生(きんじょう)陛下まで続いている。歴史上8名の女性天皇もおられたが、全員皇位にあられる間は、独身もしくは未亡人であられ、配偶者がおられなかった。それゆえ「男系」が守られ、「女系」は存在しない、といわれるのだ。
驚くべきことに、これはユダヤ教の祭司においても同様なのである。
実は、ユダヤの掟では、ユダヤ人であるためには母親がユダヤ人でなくてはならない。すなわち、ユダヤ人の母親から生まれたら、その子はユダヤ人であるが、もし父親がユダヤ人であっても母親がユダヤ人でなければ、その子供はユダヤ人ではない、と定められている。
だが祭司であるコーヘンの家系は違う。母親がユダヤ人であればその子供は確かにユダヤ人である。しかし、その子供がコーヘンの名を継ごうと思ったら、父親がコーヘンでなくてはならないのだ。母親がコーヘンの家柄であっても父親がそうでなければ、その子供はユダヤの祭司であるコーヘンではない。つまり、
ユダヤの祭司は日本の皇室同様に男系なのだ。 
祭司の家系の娘が、祭司を意味するコーヘンの名前をかたることは出来る。しかしそこまでで、彼女は決して祭司になることはできない。そこは女性でも天皇になれる皇室とは違う。しかし、彼女が他の家に嫁いだ途端、コーヘンの名前は失う。その点は皇室と同じだ。
そして、とても興味深いのは、皇室と祭司の両家とも「2660年」以上もの間、全く同じような形で男系を守り続けてきたということだ。女性天皇はいたが女性祭司はいなかった、という点は少し違うが、しかし、女性祭司にしても女性天皇にしても、そこから家系が続くことはないという点では同じだ。
祭儀についても非常に面白い共通点が、日本の皇室とユダヤの祭司との間にある。

以上引用終わり。

祭儀に関してはこちらへどうぞ。
"日本・ユダヤ封印の古代史"

以下は
ガド族
からの引用です。

小谷部全一郎は著書『日本および日本民族の紀元』の中で、天皇をあらわす「ミカド」がもともと「ミガド」と発音されて、「御ガド」であり、ガド族にルーツがあると主張した。
また、ユダヤ教のラビサミュエル・グリーンバーグ(タコ注:サミュエル・A・リンドバーグ)は、「ミカド」がヘブル語の「ガド族出身」の意味であるとして、天皇家のルーツがガド族であることを主張している。

以上引用終わり。

小谷部全一郎東京皇典講究所国学院の講師を務めた

また、ガドの長男の名前は「エッポン、またはニェポン(AtsVN ニッポン/英語ではエッポン Ezbon 又はエツボン)」で、これが訛って日本となったようですね。
「ガドの子らはエポン、ハギ、シュニ、エヅボン、エリ、アロデ、アレリ。」(創世記46:16)
「ガドの子孫は、その氏族によれば、エッポン(又はエボン)からエッポンびとの氏族が出、ハギからハギびとの氏族が出、シュニからシュニびとの氏族が出、」(民数記26:15)

異説として
日ユ同祖論

からの引用です。

モーセの妻ツィポラ/チッポラ(tspfRH)の名の原意は「日の本」であるとする主張もある(tspfR:朝/警笛を鳴らす)。

以上引用終わり。

しかし、これらは
先に天照大神が女神に変身させられたのと同じように実質的な古事記と日本書紀の作成者である藤原不比等によって
天皇家のルーツはガド族からエフライム族へと歴史の書き換えがおこなわれたと考えられます

(^_^;)違うか?

門外不出の?出雲大社の歴史も、案外この辺を詳しく記していたりなんかして…(^_^;)(^_^;)

まぁ、しもじもの我々にとっては天皇家がガド族だろうがエフライム族だろうかは、どうでも良い話ですが…(⌒‐⌒)


以下は
天皇家とエフライム族
からの引用です。

記紀神話では、天皇家また大和民族は、天から降りてきたニニギ(ニニギノミコト)の子孫ということになっており、ニニギは天孫民族の父祖とされています。
一方、ヤコブはイスラエル民族の父祖であることは言うまでもありません。

日本神話では、はじめ天から降りる予定だったのはオシホミミですが、彼が準備している間に、ニニギが生まれ、後から生まれたニニギが天から降り、天孫の父祖となりました。
旧約聖書では、エサウ(ヤコブの兄)がイサクの祝福を受ける予定でしたが、弟のヤコブが祝福を受け、イスラエル民族の父祖となりました。

日本神話では、ニニギは天から降りてくると、美女のコノハナサクヤヒメに恋して彼女を妻にしようとしますが、彼女の父は彼女だけでなく、姉の面倒も見て欲しいと言いましたが、ニニギはこの姉を父に返しました。
旧約聖書では、ヤコブは美女ラケルに恋して彼女を妻にしようとしますが、彼女の父は姉も妻にしてやってくれと頼みますが、ヤコブは姉レアを嫌いました。

日本神話ではニニギは、妻コノハナサクヤヒメとの間に山幸彦を授かりますが、山幸彦は兄(海幸彦)に苛められ海神の国に行き、そこで山幸彦は神秘的な力を得て、田畑を凶作にして兄を悩ませますが、最後は兄を赦します。
旧約聖書では、ヤコブは妻ラケルとの間にヨセフを授かりますが、ヨセフは兄達に苛められ、エジプトに奴隷として売られてしまいます。その後、エジプトの宰相の地位まで上りつめ権力を持ち、兄達が凶作に苦しみエジプトに来た時に、兄達を赦します。

日本神話においては、山幸彦は海神の娘(トヨタマヒメ)を妻にし、その間にウガヤフキアエズを授かります。ウガヤフキアエズには4人の息子が生まれ、2番目と3番目は別のところに行きいなくなってしまいます。 4 番目の息子が神武天皇で、大和の国を制する人物となります。
旧約聖書では、ヨセフはエジプトの祭司の娘を妻にし、その間にマナセとエフライムを授かります。 エフライムには4人の息子が生まれ、2番目と3番目の 子は早死にし、4番目の息子としてヨシュアが生まれ、ヨシュアはイスラエル民族を率いてカナンの地(イスラエル)を征服します。このエフライム族の流れを汲んでいるのがイスラエル10支族の王室です。

このように、ニニギ=ヤコブ、山幸彦=ヨセフ、天皇家=エフライム族として、家系図を見ると、話の内容は全て一致しています。

また、ニニギは日本の古語で 「実り多い」 という意味で、エフライムもヘブル(ヘブライ)・アラム語で 「実り多い」 という意味です。

以上引用終わり。

◇◇◇◇◇


『日本書紀』によると、応神天皇14年(283年) に百済より百二十県の人を率いて帰化した秦氏は、先の記事で見たようにベニヤミン族であったと考えられます。
よつて、失われた10氏族のうち、少なくともガド族、エフライム族、ベニヤミン族はしっかりと日本の歴史にその痕跡を残していると言えますね。

◇◇◇◇◇

以下は
【対談】 ユダヤ人言語学者ヨセフ・アイデルバーグ
からの引用です。

■Q、先ほど、古代日本の政治機構もヘブライ的だといわれましたね。

■A、“大化の改新”というのがありますが、古語では「タイクワ」と書かれているようですね。これは、ヘブライ語で、“希望”を意味するのです。おそらく、神道系の人々と仏教系の人々が争い、結果的に神道系の人々が勝って法律を決めたのだと思うのです。だから、この“タイクワの改新”の法律は、ほとんど聖書から取られています。

■Q、一般には中国の影響だと言われていますが。

■A、いえ、身分を区別するために冠をかぶる制度を取り入れたほかには、中国的な要素はありません。残りすべては、その出所を『旧約聖書』で正確に確認できるのです。

■Q、確か、ご本には身分を示す言葉もヘブライ語であると指摘されていますね。

■A、ええ、神武天皇が定めた“アガタヌシ”は(AGUDA-NASI)で「集団の長」を示し、“ミヤツコ”はヘブライ語で「代表者」の意となります。
(中略)

■A、まさに、『古事記』『日本書紀』は形を変えた 『旧約聖書』なのです。
神武東征神話も約束の地カナンへ旅するヘブライ人の記述に符合します。両者とも、東方にある神の与えた地を目指すのです。
日本では、それを決めた地が日向・曽富里の高千穂峰であり、聖書ではホガーのサハラ高原のタハト山です。
そして、ヤム・サフを越えて穴居族テダに会います。古代日本人は曽富で穴居族タダに会うのです。
そして、古代日本人は、曽富里の東「葦原の国」へ着き、古代ヘブライ人はサハラの東「カナン」に着くのです。
「カナン」とは、「CNNE-NAA」の合成語と考えられ「葦原」を意味します。

■Q、神武以後の天皇の歴史についてはいかがですか?

■A、崇神天皇はダビデ王、垂仁天皇はソロモン王に似ています。仲夏天皇はサウル王でしょう。それぞれ同様の事件が記録されており、ピックアップできます。

以上引用終わり。
image
(護王神社に仕えたヨセフ・アイデルバーグ
image
日本のカナとヘブライ語の比較

また、大和朝廷や倭の「 ヤマト」は、ヘブライ語アラム方言では 「ヤ・ウマト」とされ、「神の民」「神のヘブライ民族」 という意味になると言います。

以下は再び
日ユ同祖論
からの引用です。

神道の祭司一族であった中臣氏が主導して、専横する仏教派の蘇我氏を滅ぼし、(中略)神道を一時的に復興させたのが大化の改新(645年)である。
(中略)
日本で元号として初めて定められた大化は、ヘブライ語の thQWH(tikvah)「希望」(現イスラエル国歌:H・thQWH:その・希望)と似ている。
大化は皇極天皇の4年目の7月1日 (旧暦)に始められたが、ユダヤ暦(古代の教暦ではなく政暦)では7月(ティシュリー。グレゴリオ暦では9月から10月)1日はローシュ・ハッシャーナー(新年祭)で、1年の始まりにあたる (「第七の月の一日は…聖なる集会の日としなさい」『レビ記』(23:24))。
大化政府は7月14日 (旧暦)に神々に捧げる捧げ物を集めたとあり、ユダヤ教での仮庵の祭りは7月15日(ユダヤ暦では日没が1日のはじまりであるため、グレゴリオ暦では7月14日の夕方18時頃)から始まる。

改新の詔の「男奴隷と女奴隷の 間に生まれた子は女奴隷側のものとする」は、『出エジプト記』(21:4)と同じである。また、詔での、土地の分配を家族の人数に応じて行うことと『民数記』(26:54)、親族の死についての断髪等の禁止と『レビ記』(21:5)、借り物に関して賠償すべき場合を限定した定めと『出エジプト記』(22:13)も同様である。
(中略)
天岩屋戸からアマテラスが出てきたときに祭司コヤネ(天児屋命)がスサノオの罪を清めるために唱えたといわれる大祓はコヤネの子孫といわれる中臣氏が伝えてきた祭儀とされ、大祓の儀は6月30日 と12月31日とされており、ユダヤ教の区切りと一致している。
また、大祓の祝詞では、天つ罪と国つ罪に分けていくつかの禁止事項が列挙されているが、二種類の種を播く罪(レビ記19:19)、近親相姦(レビ記18:6~)、人体を傷つける罪 (レビ記19:28)、呪術(申命記18:11)、こぶのある者(レビ記21:20) など旧約聖書の禁止事項と一致している。
新嘗祭や大嘗祭は収穫を捧げる儀式であり、特に大嘗祭では仮庵を建てる。 ユダヤ教で収穫を捧げて祝う祭りは仮庵の祭といわれ、エジプトを出て仮庵に住んだことを代々伝えるため、仮庵を建てて行わなければならないとされる(レビ 記23:23~)。

以上引用終わり。
image
平成の大嘗祭の仮庵
44dai大嘗祭図絵。手前の2棟が大嘗宮(國學院大學蔵)

こちらもどうぞ。
相撲と聖書の意外な関係

日本神道の極意









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