tacodayoのブログ

ヨハネの黙示録に預言された時代に生きる現代人に必要な情報を発信していきたいと思います。

隠された歴史 その1

例のごとく大摩邇さんが残してくれてた記事

お稲荷(いなり)さん
『稲荷神社』は日本で一番多い神社であるとされ、全国に3万2千社、一説には4万社もあるとされます。
その総本社は京都の『伏見稲荷神社』で、、和銅4年(711)2月初午、稲荷山に秦伊侶巨(はたのいろこ)が建立(こんりゅう)したのが最初とされます。
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(クリックで拡大)

その秦氏の遠い祖先は、『新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)』の渡来人系の氏族「諸蕃(しょばん)」の項に、「中国・秦の始皇帝13世孫、孝武王の子孫」であったと記されていたとされますが、秦氏がユダヤ人であった事はもう常識ですよね(当ブログ2011.06.15の記事『解り易い動画2』にも挙げた日本とユダヤの動画参照)。

※『新撰姓氏録』とは、平安期初期の815年(弘仁6年)に嵯峨天皇の命により編纂され、京および畿内に住む1182氏を、その出自により「皇別」・「神別」・「諸蕃」に分類して記した姓氏(今でいう名字)の記録。

さて,そのお稲荷さん。
実はキリスト教の神社であると言ったら皆さん、驚くでしょうか。


失われたアィディンティ』の著者ケン・ジョセフ氏によると、
東方キリスト教=景教
(ネウストリス派キリスト教)では、
イエス・キリストのことを、
しばしば「JNRI」または、
「INRI」と表記し、

「JNRI」または「INRI」は
、「インリ」または
「イナリ」と発音
“稲荷”とは、実は
「INRI」の当て字
であるといいます。

以下は
イーゼンハイム祭壇画「キリストの磔刑」
からの引用です。
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『…。十字架の上部に提げられた板には"I.N.R.I"と書 かれており、"Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum" (ナザレのイエス ユダヤの王) の略。
イエスの、ユダヤ人によってこじつけられた罪状は「ユダヤの王を騙った」ゆえの死罪、ということであった。』‐以上引用終わり。
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磔刑図(アンドレア・マンテーニャ画、1459年。クリックで拡大)
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上の絵の拡大図

以下は
からの引用です。
稲荷神は元々、大陸からの渡来人である秦氏の氏神でした。したがって、稲荷神も元々は外国から渡来した神であり、その名も外国語で解く必要があります。秦氏はユダヤ系原始キリスト教徒だったといわれており、つまり稲荷神の正体はキリスト教の神・聖書の神なのです。
イエス・キリストの十字架の上に掲げられた罪状書きには、ヘブライ語・ギリシア語・ラテン語で「ユダヤ人の王 、ナザレのイエス」と書かれていました。このラテン語表記は「Iesvs Nazarenvs Rex Ieudaeorvm」で頭文字を綴ると「INRI」となります。
この文字列は西洋絵画などでも用いられますが、群馬県の遺跡から発見されたという情報もあります。
この「IN(a)RI」 が「イナリ」の語源と考えられています。
このため、「稲荷神=イエス・キリスト」と説明されることがありますが、もうひとつ奥があります。
「ユダヤ人の王…」のヘブライ語表記は「Yeshua Ha-notzri We-melech Ha-yehudeem」となり、「INRI」に対応する頭文字は「YHWH」となります。
これは神名「ヤハウェ」を表す「神聖四文字」として、ユダヤ人の間では非常に尊ばれています。

つまり、「稲荷神=ヤハウェ」となります。
更に、稲荷神と同一視される「豊受大神」(伊勢神宮外宮の神)も、その起源を追求していくとイスラエルの神「ヤハウェ」であると言われており、「稲荷神=ヤハウェ」であることがわかります。

その後、「イナリ」の音が「稲成り」を連想させることから、稲荷神は食物神・農業神として信仰を集めるようになります。それで、食物を古語で「ミケツ」と言ったこと、同じく古語で狐を「ケツ」と言ったことから、狐が稲荷神と関連づけられるようになりました。
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(伏見稲荷神社の狛狐)

ところが、ユダヤ的視点から解釈すると、別の説明がなされます。
ユダヤ人の中に「ベニヤミン族」という部族があり、この部族のシンボルが狼でした。
稲荷神社を創始した秦氏はベニヤミン系であり、この狼が、狐に転じたとも考えられます。


以上引用終わり。

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ヘブライ語・ギリシア語・ラテン語で書かれた罪状書き(ヤン・ヴァン・アイク画、1438~40年頃)
(しかし、実際は十字架刑ではなく、以下のように1本の杭刑で処刑されたのが正解なんですが…
(^_^;)。
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当ブログの「イエスは十字架で処刑されたのではない」をどうぞ。)

東京大田区にあるお稲荷さん。このように、
全国的にお稲荷さんは、
赤い鳥居を一般的な
シンボルとしています。


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【12氏族の紋章】
◆ルベン族…………優れた威厳と優れた力の持ち主。水のような奔放性。少数派。
◆シメオン族………暴虐性。国中に散らされる。
◆ユダ族……………獅子のように獲物によって成長する。王権と指導力。繁栄。自己防衛。
◆ダン族……………己の民を裁く。マムシのような狡猾さ。
◆ナフタリ族………牝鹿のような美人系。善良さ。優雅さ。恵みに満ち足りる。
◆ガド族……………防衛的。勇敢さ。正義感。最良の地を見つける。
◆アシェル族………王の食卓に美味を供える。穏やかさ。
◆イッサカル族……たくましいロバのよう。労働。苦役を強いられる。
◆ゼブルン族………海辺に住む。そこは舟の出入りする港となり、その境はシドンに及ぶ。
ベニヤミン族……オオカミのように好戦的。主に愛される者。
◆マナセ族&………大自然の祝福。膨大な恩恵。生産の祝福。地の果て果てまで、
◆エフライム族 国々の民をことごとく突き倒していく進出力。

以下は
日本とヘブライの共通点
からの引用です。

●過越祭(ペサハ)はユダヤ教でいう新年の祭りで、ユダヤの祭日のうちで最古、かつ最大のものである。その日は、日本の年越しと同じように、家族で寝ないで夜を明かす。
更に過越祭の日だけは普段と食べるものが違っていて、いつもはふっくらとしたパンを食べるのであるが、この日に限って「種なしのパン(マッツォ)」を食べる。この種なしパンは日本でいう「餅(モチ)」に当たる。しかも、ユダヤ人は丸く平べったい種なしパンを祭壇の両脇に重ねて供えるのだが、まさにこれは日本の「鏡もち」以外のなにものでもない。
また、過越祭は全部で7日間と規定されており、これも日本の正月の期間と全く同じである。
●神社につきものの「鳥居(とりい)」は、外国人のみならず日本人自身にも説明がつかない代物である。
しかし、ユダヤ人が見れば即座に理解できる。なぜならば、「鳥居」の形は古代ヘブライの建物(玄関口)とそっくりの構造をしているし、赤い色をしていることにはしっかりとした宗教的根拠が有るためである。
●ユダヤ人の過越祭(ペサハ)は、かの有名なモーセによる「エジプト脱出事件」(紀元前1290年)にルーツを持っているが、同じく日本の年越しも鳥居も、この大事件にルーツを持っているといえる。
モーセは、かたくなな心を持つエジプト王ファラオにヘブライ奴隷集団の脱出を認めさせるため、一種の“魔術競争”をしたのであるが、エジプト脱出前日に“殺戮の天使”がエジプト全土に襲いかかって来た。
その時、モーセはヘブライ人たちに“殺戮の天使”の害に合わないためにと、玄関口の二本の柱と鴨居に羊の血を塗らせ、“殺戮の天使”が静かに通り過ぎるまで家の中で待つように指示したのであるが、これこそが鳥居のルーツであり、年越しのルーツである。
(ちなみに 「トリイ」はヘブライ語アラム方言で「門」という意味である)。

以上引用終わり。

「その夜、私はエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、全ての初子を打ち、またエジプトの全ての神々に審判を行うであろう。私は主である。
その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、私はその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。私がエジプトの国を撃つ時、災が臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。」(出エジプト12:12~13)
「そこでモーセはイスラエルの長老をみな呼び寄せて言った、『あなたがたは急いで家族ごとに一つの小羊を取り、その過越の獣をほふらなければならな い。
また一束のヒソプを取って鉢の血に浸し、鉢の血を、鴨居と入口の二つの柱につけなければならない。朝まであなたがたは、一人も家の戸の外に出てはならない。
主が行き巡ってエジプト人を撃たれる時、鴨居と入口の二つの柱にある血を見て、主はその入口を過ぎ越し、滅ぼす者が、あなたがたの家にはいって、撃つのを許されないであろう。』」(出エジプト12:21~24)

鴨居(かもい)とは、柱と柱の間にある横の板の事ですが、その鴨居と2つの柱をエジプトから逃げ出す際に血で赤く塗った事を記念して、鳥居を赤く塗るようになったのでした。
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(伏見稲荷神社の千本鳥居。伏見稲荷には他に合わせて約1万基の鳥居があります。)

そして、
伏見稲荷神社』は、
ヨハネの黙示録』とも
非常に深い関係があるのです。


詳しくはこちらをどうぞ。

八幡宮(はちまんぐう)
稲荷神社に次いで2番目に多く、全国に2万5千社もあるという八幡宮。
武芸の神とされて広がりましたが、その総本社は大分県・宇佐市にある宇佐八幡神宮です。
image(クリックで拡大)

「八幡」とは、
元々「ヤハタ」と読み、
「ユダヤ」を意味する
ヘブル・アラム語の
「ヤェフダー」、あるいは、
「秦氏の神」の
「ヤハ・ハタ」から
来ています。


ここから初めて、『隠されたアーク(聖櫃)』の代わりに造られた『神輿(みこし)』が、749年に上京しました。
神輿=アークとは、旧約聖書の「契約の箱」である事はご存知ですよね。
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映画 『レイダース/失われたアーク』に登場した「契約の聖櫃(アーク)」(クリックで拡大)

現代では祭神の八幡神は応神天皇(誉田別命)の神霊で、欽明天皇32年(571年)に初めて宇佐の地に示顕したとされ、応神天皇御陵の南にある誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)とのつながりから皇室は代々、宇佐神宮(宇佐八幡宮)や石清水八幡宮を、伊勢神宮に次ぐ神社として崇敬しました。

諏訪大社(すわたいしゃ)
更に、末社は2万5000社と日本で三番目に多い諏訪神社。
その総本社は長野県の諏訪大社ですが、その大社には本殿がありません。なぜかといえば最古の時代には、大社の南にそびえる標高1,650mの守屋山(もりやさん)そのものがご神体であったからです。

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守屋山北麓にある上社本宮(かみしゃほんみや)拝殿(クリックで拡大)

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北側から見た守屋山(クリックで拡大)

古くはモリア山とも呼ばれ、神社の周りには守矢姓が多い事でも知られています。

そして、旧約聖書『創世記』22章1節から19節では、アブラハムが、モリヤ山(またはモレア山)において、百歳の時に90才の正妻サラとの間に初めてもうけた一人子のイサクを、神様の命令で生け贄として捧げようとしましたが、刃物を振り上げようとした正にその瞬間、天から神の御使いが現れてその行為を止めさせたことが記されています。
アブラハムの信仰を神様が試したのですが、
『歴代誌下』3章1節ではソロモン王が、この「エルサレムのモリヤ山」で神殿の建築を始めたことが記されています。さらに、この一節によれば、モリヤ山はソロモンの父ダビデの前に神様が現れた場所でもあります。
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オリーブ山から見たモリヤ山に建てられた神殿跡と黄金のドーム。その手前にある低い街並みは旧市街で、奥に見えるのは高層建築が並ぶ新市街

また、そのイサクが捧げられかけた岩を取り囲むように『岩(又は黄金)のドーム』が建てられ、イスラム教第三の聖地になっています。
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そして、このイサクの燔祭(はんさい)の話が諏訪大社・上社で毎年、4月15日に行われるお祭り『御頭祭(おんとうさい)』の神事の意味なのですが、諏訪大社の祭神・ミシャグチ神はM・Isyagu・tiであり、アブラハムの息子でヤコブの父、イサクである事がわかります。

さて、イエスは十字架で処刑されたのでは無く、杭刑であったと書きましたが、諏訪大社で執り行われる『御柱祭(おんばしらさい、みはしらさい)』は、そのイエスの杭刑を象徴していると考える事もできますね。

神明神社(しんめいじんじゃ)
神社本庁によると全国に約5千社、一説には約1万8千社ともいう、日本で四番目に多い『神明神社』。
天照大神(あまてらすおおみかみ)を主祭神とし、伊勢神宮内宮を総本社とする神社です。
神明社(しんめいしゃ)、皇大神社(こうたいじんじゃ)、天祖神社(てんそじんじゃ)などとも言い、通称「お伊勢さん」とも呼ばれます。
さて,その総本社である
  伊勢神宮内宮の本殿は、
 『唯一神明造り』という
 建て方で作られていますから、
 『唯一神を明らかにする』
  建て方で建造されている
  という意味になります。


image(伊勢神宮内宮本殿。クリックで拡大)
つまり天照大神とは、
 聖書の神様なのです。


「え~?!。天照って太陽神で女神のはずだけど?」
と言う方は注意力不足ですね。
(^_^;)
何故なら、太陽神なら地照大神(ちをてらすおおみかみ)や国照大神(くにてらすおおみかみ)と呼ばれているはずです。
o(^-^)o
銀河系やアンドロメダ星雲などを含む大宇宙や天上世界も照す神様なのですから、太陽ごときであるはずがありません。
紀元前に書かれた『エノク書』でさえ、星間宇宙飛行をする情景が描かれているのですから、それより千年近く遅れた『紀記(のりき。またはきき。古事記と日本書紀)』に、宇宙という概念が無いはずがありません(女神説に関しては後述)。

※遅くとも紀元前1世紀には、アラム語「エノク五書」が完成されていたとされ、古事記の成立は和銅5年(712年)、日本書紀は養老4年(720年)です。

こちらもどうぞ。
伊勢神宮の心御柱(しんのみはしら)はイエスの杭刑を象徴している?

広隆寺(こうりゅうじ)
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(クリックで拡大)
太秦寺(うずまさでら)=蜂岡寺(はちおかでら)=秦公寺 (はたのきみでら)は、 京都市右京区太秦にあり、真言宗別格本山であると同時に、秦氏の氏寺でもあります。
推古11年(603年)、聖徳太子(しょうとくたいし)の側近・秦河勝(はたのかわかつ)が建立し、京都最古の寺院とされ、弥勒菩薩像(半跏思惟像)は国宝第一号に指定されました。

木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)
image(クリックで拡大)

広隆寺と同じく京都市右京区太秦にある木嶋坐天照御魂神社は、キリスト教の『三位一体正確に言うと三位三体)』を表すとされる『三柱鳥居(みはしらとりい)』が有名です。
image三柱鳥居(クリックで拡大)

『木嶋坐天照御魂』とは、『木嶋にいます(います=坐る)天照大神の御霊(みたま)』を意味し、この嵯峨野地方一帯はかって秦氏が製陶、養蚕(ようさん)、織物などの技術を持ち込んだ地とされ、現在でも同じ境内に『養蚕社』があり大切に祀られています。
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(蚕:カイコの成虫。クリックで拡大)

このように、最初に挙げた動画、「日本とユダヤ」に出て来る神社も秦氏の建立ですので、
日本の神社のほとんどは秦氏由来の旧約・新約聖書の神様を祀っている事になります。

ネウストリス派キリスト教(景教)を日本に初めて伝えたとされる秦氏。
現在の日本人は、
彼ら秦氏の計略?で
聖書の神様と
イエス・キリストを
知らない内に
拝まされている

事になります

ね(^_^;)。

こちらも

まぁ、悪魔のシンボルの十字架を拝まされるよりは、ずっとましですが(^-^)/
当ブログの「秘められた名前と獣の刻印 1」「秘められた名前と獣の刻印 2」をどうぞ。
(⌒‐⌒)

◇◇◇◇◇◇◇◇


さて,天照大神が『紀記』(『のりき』、または『きき』)に女神として描かれている理由は色々と考えられますが、一番大きな理由は“大秘密政策”、つまり『失われた聖櫃(アーク)』が日本に存在する事を唐に対し秘密にする為だと思われます。
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映画 『レイダース/失われたアーク』 に 登場した「契約の聖櫃(アーク)」 の写真(クリックで拡大)
(有料プランにしたのに、コレ以上無理です。続きます。)

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